陀々堂の鬼はしり
「鬼」と聞くと、皆さんは、どのような鬼を想像されますか。
怖い顔をした鬼、人に悪さをはたらく鬼・・・。
節分の豆まきでも、「鬼は外!福は内!」という掛け声をよく聞くことから、
鬼は悪さの象徴として取り上げられることがあります。
奈良にも、鬼にまつわる様々な謂れがあり、
鬼と関わりのある寺院や数々の行事が今も残っています。
[鹿の舟]にほど近い元興寺では、悪霊が鬼に変化し都に住む人たちを脅かした、
という説話もありますが、一方では、悪鬼を退治した雷の申し子のことを、
「八雷神(やおいかづちのかみ)」や「元興神(がごぜ)」と呼び、
善い「鬼神」としてお祀りするようになりました。
元興寺の節分で、「福は内、鬼は内!」と掛け声が響くのも、そのためです。
また、善い鬼の象徴として、鬼のお札や鬼瓦などは、
悪鬼を祓うものとして、私たちの生活にも取り入れられています。
その他にも、今でも大切に受け継がれている、善い鬼にまつわる行事が奈良にはあります。
奈良県五條市。
毎年1月14日に念佛寺で行われる「陀々堂の鬼はしり」。
室町時代から500年以上、絶やすことなく続いてきたこの行事は、
天下泰平・五穀豊穣を祈る修生会の結願として行われ、
ご本尊の阿弥陀如来にお仕えしている善い鬼が、災いを除き、福をもたらしてくれます。
「鬼はしり」は昼・夕方・夜と行われますが、夜、茅葺屋根のお堂「陀々堂」の中で
お松明を掲げる鬼の姿は圧巻で、目を見張るものがあります。
斧を持つ赤い父鬼、捻木を持つ青い母鬼、杖を持つ茶色い小鬼は、
観世縒(かんじょうり)という紙縒(こより)を体に結び付けた姿で登場します。
お堂にお松明が入堂し、夜の鬼はしりに向けた読経が響き渡り、
火を司る神である「火天(かって)」役の人が、
燃えさかる松明を「水」の字を書くように振り回す「火伏せの行」が行われると、
それまでの空気が一変し、厳かな雰囲気に包まれます。
茅葺の屋根に届くほどに燃え盛るお松明を掲げ、堂内を練り歩く鬼と、
境内に響く法螺貝や太鼓、鉦(かね)の音が、より荘厳さを引き立てます。
堂内を包み込むようにお松明の煙が立ち込める中、鬼が堂内を3周し、
水天井戸にお松明を沈めて火が消されると終了です。
無事に行事を終えた鬼の面の表情は、どこか朗らかに感じられます。
こちらのお寺は普段は無住でとても落ち着いた雰囲気ですが、この日は多くの方で賑わいます。
こうして今でも地域の保存会の方々によって大切に守り継がれるこの行は、
実は、東大寺二月堂の「修二会」を模して始められました。
修二会の中で行われる「達陀(だったん)」。
修二会の達陀では、大松明を引きずりながら堂内を歩き回りますが、
鬼はしりでは、お松明を掲げて回り、火の粉で心身と場を浄めます。
少し話は逸れますが、「観光案内所 繭」で来月開催の「連続講座 花と仏像」では、
東大寺二月堂の修二会を題材にした講座を開催し、
奈良の古き良き歴史や行事に触れる機会を設けています。
このように、古から残る数々の歴史が詰まった奈良。
「鬼」から辿る奈良の歴史もまた、奥が深いものです。