秋のはじまりは 「葛」とともに
今年は台風・大雨などが多く、不安定な天候が続きますが、
皆様、健やかにお過ごしでしょうか。
奈良町も少しずつ秋を迎えています。
昨年の記事でもご紹介した、秋の七草。
萩(はぎ)、薄(すすき)、葛(くず)、撫子(なでしこ)、
女郎花(おみなえし)、藤袴(ふじばかま)、桔梗(ききょう)
奈良時代の歌人、山上憶良が万葉集で詠んだのが、
秋の七草のはじまりだと言われています。
そのひとつ、葛(くず)。
[鹿の舟]では 9月1日(土)kantyukyo店主 よこたよしかさんを
講師にお迎えし、「古の人々に習い、葛のすべてをあつかう、
他のどこにもない講座と料理会」を開催しました。
葛きりや生薬などの原料となる葛の根、葛根(かっこん)は、今日も
身近な食材ですが、花・葉・茎といった葛の他の部分をご存じでしょうか。
葛は日本原産のまめ科の植物。
晩夏に甘い香りを漂わせて咲く、濃い赤紫色の葛花は見た目にも華やかです。
しかし葉の裏に隠れるように、道路沿いや空き地にひっそりと咲いていて、
気づかれないことも多いかもしれません。
葉は表の緑の表面と異なり、裏が白く輝くことから、
裏見草(うらみそう)と言われ、万葉集には、表と裏の違いから、
心変わりなどの暗喩として登場することもあります。
先人達は万葉集に詠まれているように、葛を見て楽しみ、
また、食物や生活用品として、葛のすべてに親しんでいました。
さて、よこたさんの講座「葛花(かっか)について」では、
採りたての花と葉を実際に見ていただいた後、
炭を熾(おこ)し、七輪にくべ、焙烙(ほうろく)を使い、
遠火でじっくりと煎られていく葛の葉を囲みました。
静かに香ばしい香りが漂います。
採りたての匂いたつ花からは、虫とのつきあい方、火の入れ方を学びました。
「材料にやさしく火が入る、遠火を知ること。
時間は、かかるのではなく、かけなければいけません。」
「食べられなかったものを食べられるようにする、
その途中変化していく過程を知ることは宝物を得ることと同じです。」
「一つのことに丁寧に向き合うことはそれ以上になる。」
「知る、わかる、身に付く・・・ということは外側からではなく
内側から感じ取れることこそが、残ります。」
と、講師のよこたさんはおっしゃいます。
現在では、あちらこちらから溢れる情報を得て、多くのことを短時間で
習得しているかのように錯覚することもしばしば。
古の人々は、一つの事にしっかり向き合い、繰り返し身を投じて学ぶこと
で得た生活の知恵や工夫を伝えてきたのではないでしょうか。
葛と向き合い、あつかう時間は、まるで自分と向き合う時間のようにも
感じられました。
煎った葉は葛の葉茶として、砂糖と煮詰めた花はシロップとして、
参加者の皆さんに味わっていただきました。
その後の料理会では、葛の花・葉・根と、奈良の畑の野菜を使い
調味料をあまり加えずに作った、お料理の数々が登場しました。
調味料は、昔は高貴な位の人々だけのものだったため、
あまり使えなかったことに習ったものです。
葛の3色、花の紅・葉の緑・土の茶色を重ねた紙の上に
紙に包まれた食事が配されていきます。
紙を使うことで奥ゆかしい佇まいが感じられます。
また、3色の重ねは奈良の色だと、よこたさんはおっしゃいます。
奈良時代は原色に近い色が好まれていました。それを重ねることで
配色の感覚が生まれ、季節色の表現につながっていったそうです。
杉膳・杉箸は自然のままの色。
これは色を見るための捨色(すていろ)のひとつだと教わりました。
料理会では、古来食べるものには全て薬としての始まりがあったことに習い、
あえて少しずつを供されました。
食事が終わる頃には葛がその方の薬代わりになることを信じて、よこたさんが
ご用意された品のひとつひとつ。
参加者の皆さんはゆっくりと召し上がりました。
「葛は、私が幼き頃から蟲を追いかけた場にいつもあり、地を這う美しいもの
でした」と、よこたさんがお話し下さった通り、
葛という生き物に、そそがれた優しいまなざしや、
それを食べられるようにしてくれた先人への尊敬が表れた、
美しく、繊細なお料理の数々。
参加された皆さんも五感で味わうことで、葛の美しさ、
葛という素材を愛おしむ気持ちを分かち合ったのではないかと思います。
皆さん、会の余韻を楽しみながら、それぞれ会場を後にされたように感じます。
よこたさんのつくり出す静謐な空間と短い葛花の季節が出会った、
確かに、他のどこにもない秋のはじまりとなりました。
ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。
最後になりましたが、度重なる台風や地震により、影響を受けられた方々には
お見舞いとともに、一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げています。