「奈良といえば、鹿」
奈良から遠く離れた地で「奈良からきました」と告げると、
上記のような言葉を耳にした方は少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
「他にも色々あるんですよ」と話しながらも、奈良公園の芝生の上を、
野生の鹿と人が混ざってうろうろしたり、くつろいでいる姿を見ると、
何だか力が抜け、本当に珍しく穏やかな風景だからやむをえない、
と納得する方もまた少なからずいらっしゃるかもしれません。
世界でも市街地で野生の動物(約1200頭)が人間と共存している状況は珍しく、
国内外から旅行者がその様子を見ようと訪れ、大切な観光資源となっていることは
間違いありません。
この特別な光景の発端は、奈良時代にさかのぼります。
平城京を守るため、遠方より神様を御蓋(みかさ)山にお迎えした際、
神様は白鹿にのってお越しになったという伝承があり、奈良では
神様の使い「神鹿(しんろく)」として鹿があがめられるようになりました。
それ以来、長い歴史の中で、様々な試みや変化を経ながら、
奈良公園の鹿と人間の関係は続き、今日では、なれ合うわけでも、
恐れるわけでもなく、淡々とお互いが身近に存在する環境をつくり上げたと言えます。
この特別な環境が当たり前のように存在するには、
それを守る人々の営みや工夫があります。
奈良公園近くの道路では鹿飛び出し注意の標識が沢山あり、
朝の通勤・通学のあわただしい時間でも、車は鹿が道路を横切る時には、
皆クラクションを鳴らさず、静かに通過するのを待ちます。
奈良公園のトイレには鹿が入らないよう柵や扉がついており、
鹿との共存仕様になっているのに気付きます。ご
み箱が設置されていなこともその一つです。
300年以上前からある秋の伝統行事「鹿の角きり」や、
気が荒くなる出産前の母鹿は専用の施設に保護されるなど、
人間の安全も配慮されています。
鹿は公園や周辺のいたるところで、その風景に溶け込んでおり、
浮見堂や大仏池など水辺に行くと、初夏に気持ちのよい水辺と
のんびり芝を食む鹿たちを眺めることができます。
場所が違うと鹿の雰囲気も違って見えて、そ
れもまた奈良公園散策の楽しみの一つです。
この季節、多くの鹿はこげ茶色一色の冬毛から、
夏毛である白い斑点の「鹿(か)の子模様」に衣替えしています。
「鹿の子模様」は鹿ごとに異なり、人間の指紋のように、
全く同じ模様の鹿は2頭といないそうです。
この模様は夏の森林の木漏れ日を擬態したものだと言われており、
冬の濃い茶色の毛は枯葉や枯木に擬態したものだと言われています。
まだ衣替えの途中の鹿もいます。
さらに5月から7月にかけて奈良公園は赤ちゃん鹿の季節を迎えます。
まもなく6月1日から1ヵ月間、春日大社の近くに位置する「鹿苑」では
特別イベント「子鹿公開」が開催され、保護されている母鹿と、
無事うまれた子鹿を一緒に見ることができます。
今日、奈良公園に沢山いるのが当たり前の鹿ですが、少し掘り起こしてみると、
公園と鹿の魅力をもっと楽しみながら、それを支える人々の働きも
感じることができそうです。