鹿のいる日常風景
人々が家路を急ぐ、とある夏の夕暮れ。
信号は青なのに車が連なったまま動きません。
渋滞かと前方を確認してみれば、
車線を幅いっぱい使って、鹿の一群が悠々と行進中でした。
車の連なりが後ろに長く伸びても、
不思議とクラクションを鳴らす運転手はいませんでした。
誰もがひたすらじっと待ちます。
やがて、空気を読んだかのように鹿が横道に逸れ、
住宅街に消えてゆくと、何事もなかったかのように車が再び流れ出します。
奈良では、このようなひとこまが、
ひっそりと日常的に繰り広げられています。
奈良の人々には日常的でも、
観光客には驚かれることの多い「名物」とも言える光景は、
やはり、横断歩道を渡る鹿の姿でしょう。
車道を横切る際、横断歩道をわざわざ選んで渡る鹿の姿には、
驚かされると同時に様々な疑問も沸き起こります。
彼らは、誰かに横断歩道を渡ったほうが安全だと教えられるのでしょうか。
それとも、人間の様子を観察していて自ら学習したのでしょうか。
路面の横断歩道の縞々を識別できるということは、
色が見えているのでしょうか。
奈良の人々と鹿との間柄、
敵対はしませんが、変に肩入れもしません。
「お互いの生活を尊重する」「お互いに深く干渉しない」といった
不文律のようなものがあるのでしょうか。
人間と野生動物、稀に見る大人な関係が築かれているように見受けられます。
さて、[鹿の舟]の庭にも鹿が訪れます。
ある朝、出現した若い雄鹿。
引き締まった体つき、つやつやとした毛並み、
美しく優雅な姿に見とれてしまいます。
ひょっこりもう一頭、小さいのまで現れました。
[鹿の舟]の庭には、鹿がよく似合う、と思いませんか。
不思議な時間と空気が流れている奈良。
同じ空間を共有して生きる鹿と人々との間に、
そこはかとなく通い合う友愛の情。
その粋な調和のかたちにも注目してみてください。
面白い景色が見えてくるかもしれません。